コラム記事・研究会レポート

更年期症状と運動の関係

2022/12/10
運動、身体活動

文・石橋 建三(港北治療院院長・健康運動指導士・当協会理事)

ストレスと運動

更年期に現れる特有の不快症状(不定愁訴)を「更年期症状」といい、それが日常生活に支障をきたすほど重度になると「更年期障害」といいます。その症状の辛さは、その人の性格や社会的、心理的背景および環境等にも影響されます。
職場や家庭にストレスが多い人などは、症状に悩まされることも多く、一方、多少不快症状があってもあまり気にしない人、ストレス解消が上手な人、適応能力に優れた人、様々な活動をしている人などは症状が軽い傾向にあるようです。なかでも、日頃から積極的に運動をしている人は、更年期症状の訴えが少ないことから、運動がストレス解消に役立っていると考えられます。
これは運動をするための外出や、運動仲間と楽しく過ごすことなどが気分転換となり、症状の軽減につながっているのではないかと想像できますが、精神面だけでなく、身体面においても運動をすることで、女性にも副腎からアンドロゲンという男性ホルモンが分泌され、それがエストロゲンに変換されるしくみがあります。更年期症状は、卵巣の機能低下によるエストロゲンの減少が主要因ですから、運動によって少量でもエストロゲンが供給されれば、ある程度の症状改善が期待できます。なかでも更年期症状に多くみられる血管運動神経症状(ほてり、発汗、手足の冷え、息切れ)の改善には、ウォーキングなどの適度な有酸素運動が有効といわれています。
このように運動には運動器への効果と合わせ、精神や自律神経、内分泌系への間接的効果、相乗効果があることも着目されています。しかし、不調を訴える女性に運動をさせて実質的なデータを得ることの難しさもあるためか、更年期女性を対象にした研究は少ないというのが現状です。

睡眠を得るための運動

私の治療院にも更年期症状を訴える方が多く来られますが、そのような人に運動をしていただくのは至難の業です。私の場合、「更年期症状を運動で改善させましょう」とは言わずに、更年期における様々な身体症状の中で最もわかりやすい「不眠」を取り上げ、単純に「睡眠を得るための運動」という視点でアドバイスをするようにしています。
更年期は、働き盛りの年代でもあり、今を頑張って生きている人の中には、更年期(障害)と言われることに過剰なマイナスイメージを持つ人も少なくありません。あえて更年期という言葉から離れ、不眠というありふれた症状をクローズアップすることで、スムーズに症状改善のためのプログラムに誘導する狙いもあります。
ただ、それだけではなく、何よりも快眠を得ることが更年期症状を緩和させるには、とても有効で、その理由として、脳を休息させる唯一の手段が「睡眠」であるからです。
更年期症状はホルモン、自律神経、免疫のバランスの乱れによる不調であり、それらのコントロールは脳(視床下部)でおこなわれます。睡眠中は、免疫を活性化させる物質が白血球(リンパ球)から分泌されます。逆に睡眠不足に陥ると、ストレス物質とも呼ばれるコルチゾールの濃度が上昇し、血圧や血糖を高めます。このように睡眠が、免疫機能や内分泌機能にも影響を与えていることがわかっています。精神と肉体が複雑に連携して生きている私たち人間にとって、脳を休息させること、つまり睡眠はとても重要な役割を担っているのです。

なぜ運動が、不眠解消によいのか?

まず運動は眠りに必要な適度な疲労をもたらすとともに、体の内部の体温である「深部体温」を上昇させてくれます。この深部体温が低下すると眠気が発生するのですが、日中と夜の体温差が大きいほど入眠しやすくなることが最近の研究でわかってきました。
日中、運動をすることで深部体温を上昇させ、その結果、夜(入眠時)になってから低下する深部体温との差を大きくすることができるのです。ただし、激しすぎる運動は、体を興奮させてしまうため逆効果になるので、この場合の運動は、「ウォーキング」や軽度の「筋レジスタンス運動」(筋肉に抵抗を与える運動)、「ストレッチ」などがよいでしょう。
私たち人間も含め自然界の生き物は、太陽光を感知するとその刺激によって脳や体の機能が影響を受けるようにできています。日中の過ごし方が、体内時計のリズムをつくり、夜間睡眠の質に大きな影響を与えます。快眠を得るためには目的意識や生きがいを感じられるような日中の活動を日々の生活に加えることをおすすめします。

楽しく爽快感が得られるような運動を継続する

加齢に伴い運動不足の傾向が高まる更年期世代は脂質異常症、高血圧症、動脈硬化、糖尿病など様々な病気に見舞われやすい年代とも重なります。LDLやHDLの調整作用のある女性ホルモンの急激な減少がこれらの症状を加速させます。更年期世代は、その先の生活習慣病、ロコモティブシンドローム(運動器症候群)を予防する意味でも運動習慣を心がけることは、とても大切です。
更年期症状には適度な有酸素運動が推奨されていますが、理屈より体感を優先させるべきで、有酸素運動にこだわらなくてもいいと思います。ウォーキング、筋力トレーニング、ヨガ、体操、競技スポーツなど…何でもよいので、そこに「楽しさ」「爽快感」「達成感」が湧いてくるような自分に合う身体活動を見つけ、それを継続した方がよいと私は思っています。
そして、更年期症状と運動の関係については、運動による症状改善というものよりも運動習慣のある人は症状に見舞われる率が低い、あるいは症状が軽いといった調査結果がほとんどであることを知っておきましょう。

前述のように更年期症状には、運動による症状改善の効果が期待できますが、実際には体調が思わしくないと、なかなかできるものではありません。理想は、若い時から運動に親しむ習慣をもつことです。常日頃からの運動習慣で心身のバランスを保つことは、健康を維持するうえで欠かせないことなのです。更年期症状には、生活習慣病と同じように、そうなる前からの運動習慣が求められているのです。

HOLISTIC MAGAZINE2014
「ナチュラルエイジング」より