コラム記事・研究会レポート

ホリスティックに生きるということ

2017/12/12
コラム

山本百合子 (やまもとゆりこ)
医療法人社団山本記念会・理事長。同すみれが丘ひだまりクリニック院長。

ホリスティックに生きるということ

人は如何に生きるべきか

ホリスティック医学を目指すようになってから、すでに30年ほどたちました。その頃、ホリスティックという言葉を知っている人は、書籍や海外の運動に出会い、それぞれに歩きはじめていた少数の人たち以外には、周りにほとんどいませんでした。自分探しをして、彷徨っていた私が、自分の進む道としてようやく方向を定めたのは35歳くらいの時で、それから長い時間が経ちました。日本ホリスティック医学協会が設立され、少数派だったホリスティック志向の人たちは、少しずつ少しずつ増えていき、今ではやっと時代が追いついた感じがするようになっていました。2016年の現在では仲間が増えて、これからもっとしっかりした「地盤と活動」が期待できると思うようになりました。

しかし目を転じてみると世界の動きは著しく、ここ数年の紛争地をめぐる各国の対応、ISの台頭、テロ、難民、貧困、そしてEUのゆらぎ、アメリカをはじめとするポピュリズムの気運の流れなど、ホリスティックな考え方とは対極の動きが目立ってきました。自分とその仲間だけが良ければよい。他の価値観を認めない。結果や効率が最優先される。自らを癒すために他者を利用しようとする。他者の尊厳や権利を認めない。そんな黒雲が黙々と空を覆い始めています。

でも、それは違いますよね。私たちはみな、ひとつです。この地球上に生まれた人類という存在です。太古の混沌とした世界から私たちの祖先は目覚め、集落となり、組織となり、国となり、やがて覇権争いにより分裂し破壊され、そんなことを繰り返しながらも世界の秩序をつくろうとしてきました。宗教が生まれ、多くの思想が生まれ、「人は如何に生きるべきか」ずっと問い続けてきました。農業も工業も商業も教育も医療も、みな人の幸せを願って技術革新してきたのではなかったでしょうか。

生命を愛おしむ心の種

一人ひとりの幸せを願うこと、それがホリスティックであるということの大事な一粒の種で、この種は誰でもが心の中に持っていると私は思うのです。大事な種が発芽して育っていけば、泣いていた人に笑顔が戻り、寂しがっていた人の胸に温かさが広がってゆくと思うのです。

そんな風に世界を温かくしようとした人たちが、今までにもたくさんいました。すぐ思いつくだけでも、たった一人異国のインドで死者の家をつくったマザーテレサがいましたし、第2次大戦後に、無駄な争いを避け悲惨な破壊が起こらないように、欧州連合を作ろうとした人たちがいました。名のある人びとだけでなく、多くの市井の人々が、私たちが暮らす平和な“今”をつくってきてくれたのです。

それらの人たちはみな、「人間が物質としての存在だけでなく、見えない大きな力に生かされている存在であり、宇宙の中の地球に、光や風や大地と植物動物とともに降ろされた生命であること」を、意識するしないにかかわらず解っていたのだと思います。私たちは先人たちから大きなプレゼントをもらって、今日を無事に過ごすことができているのですね。

いま、世界が大きく変わろうとしている時に、私たちはその変化と無関係でいることはできません。先人たちが懸命に作ってきた平和への道(いまだ戦争のない世界は実現されていませんが)を途切れさせてはいけないと思うのです。変化しつつも、本当に生命が愛おしまれる世界への道を進んでいくのは、私たちに与えられた課題だと思うのです。

私の医師としての役割

これからの私たちにできることは、心の中のホリスティックの種を育てることです。しっかり育て、咲いた花・実った果実を周りの人たちに届けましょう。無理強いではなく、届けた花で実で、笑顔になってもらえる様に。そのために、私たちはどうしたらいいか考えなければなりません。考えるだけでなく行動することが必要です。一人ひとり、それぞれの場所で。私なら医療の場ということになりますね。

帯津良一先生が、『ホリスティック医学』(東京堂出版)に書かれた「医学は科学ですが、医療は大きな見えない力がはたらいているのです」という文があります。35年以上医師として医療に携わってくると、この帯津先生の言葉は私自身の実感でもあります。

患者さんは大きな力の助けを借りて、自分で病気を治していくのです。私たち医師は、その過程が順調に進むためのお手伝いをするために居るだけです。時には、その病気が患者さんの人生にどのような意味をもたらすのか、一緒に謎解きの旅に同行したりします。その旅を通じて私自身の種も発芽し、茎を伸ばし芽吹いて花を咲かせることができるのです。

患者さんが、ご自身の人生を力強い足取りで歩いて行かれる過程を併走させてもらえるのは、何と幸せなことでしょう。病を癒す過程において、また、真実の自分自身に出会う過程において、見えない大きな力が働いて、生命の場が自らの内部へ深く深く向かうと同時に、個を超えて無限大へと広がるのです。素晴らしい体験です。身体を通して見えない大きな力を実感していただくのが私の役目で、それが医師になった意味なのだと思うようになりました。

心に温かい光を持って人々が共感しあえる社会へ

皆様はご自分の内なる力をどのように使われますか?一人ひとりのお役目があり、一人ひとりに歩く道があるので、その場でホリスティックな生き方を貫いてほしいのです。皆様のその姿に周りの人が共感し、愛に満ちた輪が広がっていくこと、人々の幸せを願う輪が広がっていくことを願います。

心に温かい光を持ち、人に引きずられるのではなく自分自身の考えで・感性で・意思で行動する人の輪が広がっていくことこそ、本当に自由で活き活きした社会、すべての人の尊厳が守られ、生きとし生けるもの・地球・宇宙に広がる大いなるものに対する感謝に満ちた世界が実現するのではないでしょうか。そしてその世界はきっとやってくるのだと、私は信じ続けたいと思っているのです。

HOLISTIC MAGAZINE 2017』より


山本百合子 (やまもとゆりこ)
医療法人社団山本記念会・理事長。同すみれが丘ひだまりクリニック院長。
アントロポゾフィー医学認定医。日本ホリスティック医学協会理事。
日本アントロポゾフィー医師会会員。