コラム記事・研究会レポート

全ての生命との共存と調和を考える

2010/08/25
コラム

『Holistic NewsLetter Vol.66』
文・竹林直紀 (ナチュラル心療内科クリニック院長)

全ての生命との共存と調和を考える

Zoom(ズーム)という一冊の子ども向けの外国の絵本があります。この絵本は、ニワトリの鶏冠の一部の絵から始まり、最後は宇宙に浮かぶ小さな点のような地球の絵で終わっています。私がサンフランシスコ州立大学ホリスティック医療研究所で、バイオフィードバックやホリスティック医療の勉強をしていた頃に出会ったこの絵本は、それまで漠然としていたホリスティック医学についての私の考えを非常にスッキリとまとめてくれました。現在私は、医科大学や看護大学やセラピスト養成スクールなどでホリスティックな考え方に基づく統合医療の講義を行っております。その講義の最後には、必ずこの絵本を最初のページから最後までスライドとして順に見せております。

最初に出てきた鶏冠の一部は、ヒトデや火山の噴火など、人によって全く別のモノに見えてしまいます。その1枚の絵しか見ていなければ、それがあたかもすべてであるかのような気になってしまいますが、視点をどんどん引いていくと、次々と別の絵の一部であるということに気づきます。同じことが今の医療の世界においても言えるわけで、ご存じのように世界中には様々な医療の形態が存在しており、私たちはその中のごく一部を知っているに過ぎないのです。

そのことを直観的に理解するためには、この絵本はとても素晴らしい教材となります。物事を様々な視点から眺めることができる柔軟な発想のためには、意識を拡大させる必要があり、この絵本はそれを助けてくれます。鶏冠の一部だけを見て、その角度や長さがどうかということを議論しても、それは本質からは遠く離れた内容であるということがすんなりと納得できてしまうのです。また、最後の地球を宇宙から眺めた絵を見ることで、人間は所詮地球上の一生物に過ぎないという事実に気づくこともできるのです。このZoomという絵本を通じて、「私のホリスティック医学観」について述べてみたいと思います。

地球自身を生きた生命体(ガイア)とみる考え方があります。今私たちは、人間の健康や病気についてのみ何とかしようと考えていますが、人間は地球にとってどのような存在なのでしょうか。地球は生きており、その上では様々な生物が共存しています。その中での人間の存在する意味や役割は何なのでしょうか。近年、自然破壊が急速に進んでいるといわれています。

過去100年の間に、この地球が出来て以来未だかつて経験したことが無いスピードで環境破壊が進んでいます。ライト兄弟が初めて空を飛んだのが約100年前で、その頃は車もほとんど無く、大気汚染の原因となる排気ガスもごくわずかだったわけです。それまでは、ゆっくりとした地球環境の変化の中で、人間や動植物はその緩やかな変化に対応すべく適応してきました。しかしこの100年間に、科学の進歩という名のもとにその環境が激変した結果、人間自らがその変化に適応できなくなり、不健康な状態や病気になっているのではないでしょうか。

もしそうであるならば、地球環境の変化を無視して、人間の身体だけを治療しようとしても決して本質的な解決にはならないでしょう。地球を一個の生命体として見た場合、人間の存在はがん細胞かも知れません。がん細胞は、周囲の細胞との調和を無視してどんどん増えていきます。最終的には1個の生命体を滅ぼしてしまうまで勝手に増殖していきます。今の人間の状況も同じと考えることもできます。地球環境との調和を無視して自己中心的な振る舞いを続けることで、結果として新しい病気がどんどん増えているような気がいたします。人間の歴史の中では、このような急激な環境変化に適応しなければならない時代はこれまで無かったのです。

このような環境変化の原因を作っているのが人間であるならば、それを改善することができるのも人間ではないでしょうか。人の健康と幸せだけを考える現在の医療では、将来は対処できなくなってくるでしょう。これからは、人だけを癒したり治したりするのではなく、地球環境全体との調和の中で他の生態系の健康をも含めた、『ガイアメディスン』とでもいうべき新しい医療パラダイムが必要と考えております。そうでなければ、将来地球自身の免疫システムにより、人間は有害ながん細胞として排除されてしまいかねません。「地球の自然治癒力」により人が排除されないようにするためには、いったいどのようにすればいいのでしょうか。

ホリスティック医学における、Mind(心)、Body(身体)、Spirit(魂)をまるごと考えるアプローチは、単に人の健康や病気治療を目的にしているのではなく、他の生命体との共存と調和のとれた地球環境を維持していくことをも包括していると考えております。そのためには、人だけでなく他の存在すべてに対する「思いやり」や「愛するこころ」や他の生命体により支えられ生かされていることへの「感謝」といったことがらを学んでいくことが求められます。Spirituality(霊性)を高めることが人生の目的と考えるならば、人の健康や病の経験は、その人生というナラティブ(物語り)の中で、いかにして自らを大切にしながら他の人間や生命体と共存していくかを模索する上で大切な道標になるのではないでしょうか。私にとってのホリスティック医学は、その答えを探すためのヒントを示してくれる重要な考え方なのです。