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一緒に「ホリスティック」の理念を深めていきましょう!

2018/03/01
コラム

 文・降矢 英成 (ふるや えいせい) 

一緒に「ホリスティック」の理念を深めていきましょう!

    日本ホリスティック医学協会も、おかげさまにて創立30周年を迎えることになります。創立時の1985年頃は、医学、そしてその元になる科学にさまざまな動きが起こった時代でした。

    まず、医学・医療においては、西洋医学一辺倒になりがちだった流れに対して、二つの出来事が起こりました。一つは、中国の鍼麻酔が大々的にアメリカや日本に、実際の映像として流れてきたことです。頭部の手術で麻酔をせずに、鍼だけで行い、かつその患者は意識があり、医者の問いかけに答えるというショッキングな映像(後に、鍼だけの処置ではなかったともいわれていますが)でした。もう一つは、身体医学・物質医学に対して、「心身医学」という領域の台頭が起こってきたことでした。心が身体や病気に及ぼす影響がようやく学問的に議論されるようになってきたのです。それが、後の「精神神経免疫学」などにもつながり、やがてホリスティック医学の誕生にもつながっていきました。

    一方、医学を支える科学にも大きな動きが起こっていました。ニュートン物理学に対して、アインシュタインの相対性理論、そして量子物理学などのニューパラダイムが誕生して半世紀がたち、物質と精神、科学と宗教など相対立する概念を統合しようとする対話、会議があちこちで行われるようになりました。世界的にはゴルドバで「物質と精神」をめぐる国際会議が、そしてわが国でも高野山で「宗教と科学の対話」をテーマにした国際会議が行われるに至り、これらの動きは新しいパラダイムとされ、「ニューサイエンス」と呼ばれるようになりました。

    ホリスティックという言葉

    そのような流れの中で、「ホリスティック医学」は1970年代にアメリカから起こってきた動きだといわれています。Holos(全体)を語源として、body-mind-spiritをまとめて人間と見る人間観に基づくホリスティック(holistic)な医学観には、とても魅力的な響きがあり、一つのムーブメントになっている面があったようです。アメリカ西海岸では、医学・医療までいかない領域では、「人間性回復運動」としてヒッピーやウーマン・リヴ、ベトナム反戦運動などとも絡んで広まっていったようです。

    ホリスティックの語源のHolosの派生語である、wholehealholy、そしてhealthなどはどれもみな魅力的な言葉であり、これらの派生語を噛み締めるだけでも種々の気づき、学びになります。そして、徐々に気づいてきましたのが、ホリスティック医学の名の下に集まる方々がかなり幅広い考え、感覚をもっていることでした。そして、それが、今挙げました派生語のどの言葉を重視しているのかにもよるらしいことが分かってきました。

    例えば、現代医学だけでなく、いろいろな医学・療法を行うという「全体的」な方向性に魅力を感じる方は「whole」という言葉に魅かれる面が大きいのではないかと思います。また、治療よりも癒しやケアなどを重視する方は「heal」という言葉により魅かれているように思います。そして、魂や聖なるものに魅力を感じる方は「holy」という言葉に魅かれる傾向が強いように思います。ホリスティックをwholisticと書かずにholisticと書くことは、holyという言葉を重視したからだという説もあります。

    Holisticの元のHolism

    そして、holisticという言葉を考える際に、忘れてはならず、必ず出てくるのが南アフリカの哲学者・政治家・軍人であったJC・スマッツが提唱した「holismホーリズム」です。この言葉からholisticにつながったともいわれていますが、実際にスマッツがこの言葉を使ったのが『ホーリズムと進化』という本においてでした。

    私も、ようやくこのルーツと言われる書籍をじっくり読む機会を得たのですが、よく帯津先生がホリスティックという語を考える際に哲学者について語られますが、その際に頻繁に登場するのがベルクソンです。何とその難解な巨人ベルクソンに堂々と論戦を挑んだのがこのスマッツだということがとても印象に残っていました。

    実際に、この『ホーリズムと進化』を手に取ってみますと、中々の大著であり、日本では一般出版社では難しかったようで、玉川大学出版部からであり、そして翻訳者も理系と文系の大学教授と高校教諭の3名のチームになっており、しっかりと訳されています。特に石川光男国際基督教大学教授は、初期の協会の講師として何度も登壇していただいた方です。

    Holismの含む深い意味

    スマッツはこの書の序文でまず、次のように記しています。
    「この著作は、科学と哲学の境界線上に関するもので、議論の余地のある、ある種の問題を扱っている。……私の考えでは、それは両者における未来の進歩にとっての接触面と見なせる問題で、特別な注意を向けるべき課題である。ここで取り扱われている境界領域のいくつかの問題は、物理学と生物学の最近の発達に光を当てて考えられている。そして、これらの発達を考慮した上で、基本的な概念の再検討をすることによって、これまで無視されてきた非常に重要な特質をもつ要因、あるいは原理が明らかにされる」
    この書籍は1926年という90年前に書かれたものですので、一見古いものと思ってしまいがちですが、この下線部の「物理学と生物学の最近の発達」とは、物理学での「アインシュタインの相対性理論」と生物学での「ダーウィンの進化論」のことですので、スマッツは科学の新しいパラダイムをいち早く考察して、この書を著したということです。

    つまり、相対性理論がもたらしてくれた相対的な視点の重要性と、進化論がもたらした過ち・危険性が生じたこの時代に、いち早く真理についての指針を示そうとした意欲作であるといえます。余談ですが、このスマッツは、精神科学者アドラーにも大きな影響を与えて、アドラーの全体論、人間を分析しない考え方の基盤になっており、この二人の交流は共著を出版するまでになっていたそうです。
    そして、スマッツは「最終的にホーリズムと呼ばれるこの要因は、宇宙における生成の傾向の基礎となり、宇宙における種々の全体の発達と起源に寄与する原理である」として、進化の基盤にあるのがホーリズムという性質であることを提唱しています。
    30周年という記念すべき時期に、今一度しっかりホリスティックの理念を深めていきたいと思います。

     『HOLISTIC MAGAZINE 2017』より

    降矢 英成 (ふるや えいせい) 

    赤坂溜池クリニック院長。日本ホリスティック医学協会会長。
    東京医科大学卒業、日本心身医学会専門医。医学生時代からホリスティック医学に関心をもち、1987年の協会の設立に参画。