コラム記事・研究会レポート

ホリスティックな患者学

2009/03/31
コラム

会報誌『Holistic NewsLetter Vol.66』
文・岸原千雅子(協会事務局長)

「与えられる医療」から 「選び取る」医療へ

ホリスティックな医療を実現するためには、提供者である病院や医療者の姿勢だけではなく、利用者である患者や家族側の姿勢やまなざしが重要である。協会の活動に従事するなかでそのことを感じ、取り組み始めたのは、今から12年ほど前のことです。

2001年、協会のシンポジウムでは、「病と癒しのスピリチュアリティ~賢 い患者学を身につけるために」と題し、『がん患者学』の著者である柳原和子さん、ユング派心理分析家である川戸圓さん、お二人のがん体験者をお招きして、患者の立場からホリスティックな医療を問う機会を持ちました。医師とのかかわり方やコミュニケーションの質によって、どれだけ医療への満足度が変わるのか。また「自分の存在がまるごと尊重される医療」、すなわち「ホリスティックな医療」を受けられる、ということが、患者にとってどれほど努力や忍耐のいる作業であるのか。お二人は実体験に基づき、説得力をもってそのことを語られました。そこであらためて、「まるごとの医療」とは、患者が「自分らしく」医療を受け、選び取り、問い続けることであり、そこには患者や家族が主体的に関わることが不可欠である、ということを考えさせられたのです。

義父が体調を崩し、病院に入院したのは、そのシンポジウムが終わった直後のことです。義父の身に何が起こっているのか、どんな対処ができるのか。家族でデータを持参しては、あちこちを巡り、何人かの医師の意見を聞きました。そのなかでようやく、少しだけ道が見えたように思え、家族でごくささやかな祝杯をあげたその晩、義父は危篤状態となり、夜明けを待たず息を引き取りました。入院後、わずか3ヶ月のことです。

もちろん、病院や医師はその時々、精一杯のことをしてくれたと思っています。しかし満足のいく医療に出会えたかといえば、心からYESとはいえないのが正直な気持ちです。長年、協会の活動に役員として携わってきて、医療関係の仕事もし、医療者の知人も多かった私ですら、そうした思いを抱くのですから、まるごとを尊重される、納得のいく医療を受ける、ということがいかに難しいか、本当に痛感させられました。

患者にとって、家族にとって、ホリスティックな医療とは何か。どうしたらそれを受けられるのか。あらためて真剣に問い直し、翌年2003年、『ホリスティック医療のすすめ~自分らしい「病い」とのつきあい方』という本を出しました。医療が本当にホリスティックであるためには、患者をまるごととらえる視点や受け皿、方法論を持つ病院や医師の存在が不可欠です。しかし一方で、生きて病み、老い、苦悩するその存在まるごと、病を抱えながら健康と病気の間を行き来する存在まるごとが、ありのまま尊重される医療を実現するには、患者や家族が主体的に関わり、「これが自分にとってのホリスティック医学だ」というものを選び取っていくことも、同じくらい必要だと考えます。

ホリスティックな医療とは、「患者の主体性を尊重する」医療であり、そのことによって、患者が本来持っている自然治癒力が育まれていくのだと思います。「与えられる医療」から、「選び取る」医療へ。とはいえもちろん、その人や家族にとって、「自分らしい医療」が、「信頼できる医師を選び、その人におまかせする」ということもあります。大事なことは、意識的に選択する、ということ、医療の中で主体感覚を患者や家族の側に取り戻すことです。